【工場責任者】谷口大輔さん

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今回、お話を伺ったのは、大手明太子ブランドの製造部門ではたらく谷口大輔さん。

いまでこそ、工場長として多忙な日々を送っているが、紆余曲折、決して順風満帆ではなかったという。

 

 

―谷口さんは福岡の出身なんですね。

はい。

会社も本体は福岡にありまして(塩釜にあるのは、やまやグループのひとつ。株式会社味莱)、そちらで採用されて転勤しました。

でも、本当はIT関連の仕事につくのが夢で専門学校で勉強していたのですが、ついていけなくて中退してしまいまして。

夢をあきらめて、しかも、中退したことで親には迷惑をかけた負い目もありまして。

なんとか自立しなくちゃいけない、と派遣会社に登録しまして。

それが、福岡の㈱やまやコミュニケーションズだったんです。

 

―じゃあ、最初は派遣社員だったんですね。

そこから、正社員になったんですか?

結果的にはそうですが、途中にいろいろありまして。

派遣社員時代、派遣会社の社長に雇われまして、派遣営業事務になったんですよ。

自分としては正社員として就職することが最優先でしたので、ありがたかったです。

中退はしましたが、ITの知識も役に立てることができましたし。

ところが、配属先の上司と「これでもか」というくらい、性格が合わなくて(笑)。

せっかく頂いた正社員の仕事なのに、わずか3カ月で辞めてしまったんですよ。

 

―もったいないですね(笑)。

でも、本当に「ここまで合わないか?」というくらい、ダメでした。

そこから、どうしようかと考えていた時、やまやコミュニケーションズのことを思い出しまして。

以前親しくさせてもらった方に連絡を取ってみたんですよ。

そしたら、空きがある、ということだったんですよ。

 

―正社員ですか?

いえ、その時は準社員でした。

その後、契約社員を経て正社員になったのが、およそ3年後くらいでした。

 

―まさに石の上にも3年。必ずしも正社員になれるとは限らないわけですよね? なにか、決め手になったことはあったんですか?

そうですね。正社員になれる可能性はありましたが100%ではないですからね。

それでも、選んだのは「やりがい」ですね。

 

―どんなところにやりがいがあったんでしょう?

もともと福岡の人間ですから、明太子は小さい時から食べて育っていたんですね。

ですから明太子は常に人生の傍にあったわけですが、働いていた時にちょっとだけ食べさせてもらった明太子がすごく美味しかったんですよ。

もちろん、100gあたり1000円くらいする高級品だから美味しいに決まっているんですけど、ものすごく感動したんですよ。

値段が高くなっても、こだわって美味しいものを作ろう、という経営理念に共感した、というんでしょうかね。

経営陣も「自分が買いたくないモノを作るな」と繰り返していましたし。

 

―なるほど、良い商品を作るためには妥協しない、というわけですね。

はい、そうですね。

―谷口さんの目の輝きを見ていると、本当に充実した日々を送ってこられたと想像できるのですが、そうはいっても仕事ですから辛いこともあったんじゃないでしょうか。

一番、辛かったのは、東日本大震災ですね。

震災直前、韓国に転勤となり、新天地でがんばろう、と思っていた矢先でした。

突然、塩釜の工場に呼ばれ、韓国ではほどんど何もしないまま、被災地へやってきました。

当時はこの辺りも本当にメチャメチャで、道路のあちこちが地割れ、大きな船が打ちあげられたり、おまけに7時くらいになると真っ暗ですから。

アパートを探そうにも、基本的に被災者の方々が優先ですから。

よそから来た人には貸せないよ、と言われましたし。

そりゃそうですよね。皆さん、本当に辛い思いしているわけですから。

それでも、何とか会社の方々が、あちこちに掛け合ってくれて、どうにかアパートを確保しました。

 

―いちばん、大変な時に来られたわけですね。

工場の生産性を上げなければならない、ということで早朝から夜遅くまで、毎日頑張っていました。

ところが、なかなか生産性が上がらない。

技能実習生たち外国人の力を借りたのはよかったのですが、ご近所トラブルなどが発生したり(笑)。

異文化、といってしまえばそれまでなのですが、通勤途中や休憩時間に飲酒したりで大変でした。

 

―そんな辛い思い出も笑い飛ばす谷口さん。逆に塩釜で楽しかったことは何でしょう。

新年会やBBQを開催して、従業員の方々と親睦を深められたことですね。

家族の方々も来てもらったりして、本当に楽しい時間を過ごすことが出来ました。

あとは、今は転勤しちゃったのですが、同世代の同僚がいたことですね。

メチャクチャ辛かった時期、お互いを支え合って乗り越えることができました。

多分、自分ひとりだったら、辞めていたと思います。

それから楽しいというより、嬉しかったことがありまして。

工場で働いていた従業員がガンを患いまして。

事務職に転属してもらい、仕事を続けてもらったんですけど、残念ながら、少し前に亡くなってしまったんですよ。

その後、遺書じゃないですけど、治療しながら仕事が継続できるように支援した会社への感謝の言葉を皆に伝えてほしい、と手紙を遺してくれていたんです。

哀しいことではありましたけど、自分たちがやってきたことに喜んでもらえたことが、自分には最高のモチベーションでしたし、すごく嬉しかったですね。

―そんなことがあったんですね。いろいろなことがあって今の谷口さんが形作られたといっても過言じゃないと思うのですが、これから目指すところは何ですか?

具体的といいますか、この何年かでの目標は、2021年に新しい工場が建つんです。

その新工場での工場長になりたい、というのはあります。

もっと後の話でいうと、長期的には、グループ会社の役員や関連会社の社長に、というのが目標です。

偉くなりたい、出世したい、というのが先にあるわけではなくて、自分がやろうとしていること、目指す仕事を実現するためには、どうしても組織の中では一定の処にいないと出来ません。従業員たち全員が仕事や職場環境に充実感を持ってもらいたい、そのために職場をこういう風にしたい、といっても、下から声をあげてもなかなか届かないですよね。

やっぱり、できるだけ高い処から言わないと、浸透しません。

 

―たしかにそうですね。出世というと、ちょっと生々しいですけど、組織がその人のやり方なり仕事を認めたから、その立場に行くわけですし。

それにしても、谷口さん、ここまで全部お話が仕事に直結していますね。

お休みとか、ちゃんと取ってるんですか(笑)?

はい、いまはちゃんと休みを取っています。

結婚したばかりなので妻と一緒に出掛けたり、映画を観たり。

 

―そこは、仕事からは、切り離してますね。

はい。ただ、つい仕事のことも考えてしまいますね。

立場上、従業員とコミュニケーションを円滑にしないといけないので、たとえば妻との会話の中で、わざと怒らせてみて

「あ、ここまで言うと人は怒るんだ」とか考えたりしちゃいますね。

 

―そこでも仕事なんですね(笑)。

これから、同じような仕事、あるいはこれから社会に出ようとする若い人たちに伝えるとしたら、どんなことですか?

多分、いろいろなことに共通すると思うのですが、心技体、を充実させ、継続することだと考えています。

心技体、どれかが偏ったりすると、全てが上手く行かないと言いますか…実際、自分がそうだったので。

たとえば、心が安定することで、食事をちゃんと食べられて、そういう心と身体があって、技(仕事)が充実する。

全てがバランスよくなると、ものすごいスピードで成長できる、と思っています。

特に、組織の中で責任を負う立場に居ると、メンタルの部分が相当大変ですから。

心をよい状態に保ち、そこでしっかり食事をすることで、仕事の質も上がる、という感じですね。

そう言っておきながら、ちょっと体型が気になってるんですけどね(笑)。

 

あとは、仕事、という部分に重なるのですが、人とのコミュニケーションですね。

多くの人が、誰かと仕事をしていると思うのですが、相手がいてこそ、自分の仕事が成り立つといいますか…

よく人材を人財、人は財産だよ、という意味で字を当ててますけど、自分も本当にそう思います。

周りと一緒に助け合って、慣れ合うのは駄目ですけど、協力して同じ目標に向かって進む、そのためにはコミュニケーションが必要ですよね。

―先の話では、谷口さん自身、夢破れて就職の道を選んだわけですが、仕事をしていく中で、目標や夢に向かっておられますよね。夢が無い、夢が見つけられない、という若い人たちも少なくないと思うのですが、谷口さんは、なぜ、新たな夢や目標を見つけることが出来たんでしょうか?

きっかけは、独り暮らしです。

IT関係の道を挫折して以降、自立して自由に暮らしたい、というのがありました。

ところが、独り暮らしをして、はじめて、自分が何も知らない、無知な人間かと思い知らされまして(笑)。

ですから、夢が見つからない、という若い人たちには、偉そうな物言いになりますけど「いかに、自分たちが世の中のことを知らないか」を知りなさいと言いたいですね。

たとえば、いろいろなことを知り尽くしたうえで「自分には夢が無い」といってるのか。

狭い枠でとらえて、視野が狭い中「夢が無い」と投げやりになるのは違う。

自分自身も本当に何も知らなかったんですよ。

新聞やニュースで話題になってることも、全然分からないままでした。

そこに興味を持って調べていくと、少しずつですが視野が拡がっていく。

そうしていくうちに、自分が興味を持てるものと出会う可能性も高くなると思うんですよ。

いま、見つからないのは「知らないから見つからない、見えないだけ」じゃないですかね。

 

―最後に、谷口さんの宝物について教えて下さい。

もう、人に尽きます。

自分を支えてくれている両親、家族、友人、自分が支えていく部下、従業員の皆さん。

特に会社の人たちは、一緒に過ごす時間が圧倒的に長いですし、欠かせない大切な「人財」です。

時には、人と関わることで嫌な気持ちになったりしますけど、落ち込むのは30分以内です。

ネガティブなことを口にしたり、抱えていても、何にもならないですし、良いことはひとつもない。

だったら、ポジティブにとらえていけばいい、と思っています。

そういう出会いも含めて、自分にとっては財産だと思います。

 

終始、にこやかに、しかし力強く語る谷口さん。
どうしたら、一緒にはたらく仲間たちが楽しく充実した仕事ができるか。
どうしたら、自分が理想とする職場になるのか。
いまいる場所に満足することなく、その先を貪欲に追い求める谷口さんの姿に、かつて夢を失って進む先を見つけられない若者の面影は少しも残っていない。

 

(執筆: 竹田)

ひと:谷口大輔さん
しごと:株式会社味莱
ところ:塩釜市新浜町3-109-31

 

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鈴木貴之編集長

投稿者プロフィール

「仙塩ひと・しごと図鑑」の編集長。

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